ほんとにおもしろいことは竹筒の中に
みんな、生きがいを持って生きているわけではない。
私だけが空虚なのではない。 わかっている、わかっている。 みんなが、毎日一日中充実した時間を過ごしているわけではない。 ただ、けれど、私は「空虚な時間に過食をする」という癖を知っている。 だから、過食の欲求を上回る素敵時間が必要なの。 ほかの人より、素敵時間で日々を埋める努力をしなきゃならないの。 毎日を過ごすのが苦しいよ。 過食をすることも、過食をしないことも、今の私には苦しい。 過食をしないことは偉い。すごい。 けれど、違う。私は「過食をしない」ことを求めているのではなくて、 「何か」によっていつの間にか過食をしなくなる私、を求めているの。 誰か、助けて。 こういう気持ちを、自助グループで話すべきなのでしょうか。 私は、摂食障害の人たちが好きじゃない、嫌い。 嫌いなのに、そういう場でしか、私は認められないのでしょうか。 好きな人(ってまぁそういないんだけど)には認められない。 私が軽蔑する程度の人にしか、私の話は聞いてもらえないの。 そうかもね、ああそうかもね。私も所詮その程度の低レベルの人間だろうしね。 PR
今日も暇な一日が始まりました。
みんな、どうやって時間をつぶしているんだろうなあ。 母には「医学部行き!勉強しぃ」と冗談でも笑えないことを言われます。 嫌だって!もう勉強(特に暗記系)はしとないの!あほか。 そらな、「受験勉強」というのは、今私が香川に居続ける最高の言い訳になると思うんよ。 そして、どこかの大学に入れば一人暮らしを開始できる。 もちろんそれは、むつかしい医学部でなくてもいいんでしょうが、 将来性―地位・名誉・給料を考えれば医者になるというのはそれはそれは素晴らしいことでしょう。 自分のような摂食障害のひとを治したい、そう思って精神科医になりました。
それはなんて美しい話でしょう。 今の暇な時間、受験勉強に充てるというのは、とてもまっとうなことだと思います。 でも、したくない。したくない。勉強なんてしたくなーい! ああー、でも今日も明日もあさっても、ひ・ま
今日は朝から父と母がいない。
2人とも一泊旅行で関西へ。 夫婦水入らずのらぶらぶ旅行ではない。 同じ高速バスに乗るのだが、母は母の友人と会う、父は父の友人と会う。 私はおうちにひとり。 やることがないので過食する。 母には何度も「いい子にしてるんよ!」と言われたけど、いい子でなんかイラレナイ。 朝:スパゲティを食らう(自ら茹でて、&冷凍食品)。+α 昼:いなり寿司(惣菜コーナで買ってきた)を食らう。+α 夕:そうめんとカレーライス(レトルト)を食らう。 稲荷寿司のあと、『龍馬伝』(再)を見ながら、途中から読書に切り替えて、お昼寝。 一応頼まれていた、洗濯物干しはやった。 その際取り入れた洗濯物はまだ畳んでいない。 現在、入眠剤と頓服薬が効いて、少しぼーっとした状態ではある。 吐きながら、頭に浮かんだこと 私を称賛してください 吐きながら…って!まったく称賛できるような様じゃないくせに、 そんとき切実に思ったよ。 こんな私を賞賛してって ああ、認めて 誰か私を。こんな私を、こんな私でも、生きてることを讃えてほしい、と。 つまり何?私はまだ自分を肯定していないっつーことかいな。 特にためらいもなく、過食嘔吐に甘んじていながら、 それほど罪悪感を感じず、もはや日課のようにそれをおこなっているというのに、 私は自分を肯定していないのね。 いや、過食嘔吐する人間なんて、まったくもって褒められたもんじゃない。 褒める要素ゼロ!バカ!あほぅ!! でも、思ったんよ。 なんとか過食で詰め込んだ食料を吐き出そうと必死な私の背中を見ながら、 ああ、私、こんなんやけど、こんなんながら、けったいなこと抱えて、それでも生きてるんやから 生きてることだけでも、称賛してよ 私を、私を、肯定してよ それはきっと誰かに訴えたい言葉ではないんでしょう。 自分に語り掛けたい言葉なのでしょう。 なかなか言葉にできないけれど、いつか私の心に届くかな。 あるいは、現状を肯定してはいけんのか 生まれ変わることを望まねばならぬのか
従姉からの年賀状に「ブログやってます」という一文があり、訪問してみた。
(URLは記載されていなくて「ふうふう宮古島で検索してね」と今風) ↑まぁ見に行ってみてよ…って勝手にいいんか はぁ~ 読みやすいわぁ。 文章がうまいってんじゃないですよ(笑)。 写真が多用してあって、あと写真が大きくて(ninjaブログは写真が小さくなるんよね)、 あと、しあわせなんでしょうね。 私のように逼迫した文章はなかとよ。 ふと、従姉と私の友人Tちゃんの共通点を思い浮かべる。
私の初恋は小3で、仲のいい男の子だった。
小3の頃、私は男子たちと遊ぶことに目覚めた。 (それまでは女子と遊ぶことが多かった) 男子たちと遊ぶのに夢中であるいっぽう、 その特定の男の子のことが大好きだった。 バレンタインには手作りのチョコレートをあげた。 その出来事の前だったか後だったか、 彼はもっとかわいい女子が好きだと直接彼から聞いた。 バレンタインの前であれば、私の根性は図太いものだし、 バレンタインの後であれば、彼はよほどの無神経だ。 次に好きになったのは小5,6で やっぱり同級生の男子で (ちなみに小学校は1クラスしかなかった) 私の友達も彼のことが好きで、 私は自分の気持ちを秘密にしていた。 (といっても、私は態度でバレバレらしく、その友達から「ほんとは好きなんでしょ?」と幾度となく糾弾を受けた) 秘密にしたまま、中学校に上がり、 同じクラスの(中学校は4クラスだった)斜め前の男の子に恋をする。 しかし、彼は同じ部活の女の子が好きだった。 結構仲がいいと思ってたんだけどな、しくしく。 その男子、Gくんは高校もいっしょとなる。 高校1年で(Gくんとは別のクラスだったが)、 周りがバレンタインで浮かれているのに感染した私は、 Gくんに「友達として受け取って」とチョコレートを渡した。 高2に入って、Gくんには彼女ができた。 高2の終わりごろ、私はクラスメイトを好きになった、と思う。 高3になってからだったかもしれない。 (高2,3はクラスのメンバーがほとんど同じだった) すごく仲がよくなったわけではない。 なぜ好きになったのか、よくわからない。 理科で同じクラスだったからだろうか…誰かを好きでいたかったのだろうか… きっかけは何にせよ、いったん好きかもしれないと思うと 好きなんだと暴走するのが若さであり(そうか?)、 恋に恋していたこともあるんでしょう(今もな) 手紙を渡しましたよ。ラブ・レター。 だけど返事はきませんでしたよ。ブロークン・ハート。 ただ、それがあまり傷になっていないのは、それほど好きじゃなかったからか、 その後もそれほど彼の態度に失望しなかったからか。 (前のGくんでさんざん傷ついているからな) 大学に入って、E先生に夢中になって、 E先生はさすが大人で、私を傷つけることなく、 ―残念ながら受け入れることもなく、 私にとっては、さみしいながら、充実した日々を送っていたと思う。 好きだと言ったことはなかったけれど、 支えになってもらえた。 いや、本当は、実際のところは、もっと支えになってほしかった。 もっともっと頼りたかった。 今考えれば、もう少しうまい頼り方があったのかもしれないと思う。なかったかもしれないけれど。 異性との出会いが極端に少ない女子大で、 外に出かけるでもない閉鎖生活の私が、E先生という拠りどころを見つけることができたのは 本当に感謝すべきことだと思う。 もう少し利用しても良かったかもしれない。 もっと「利用」という意識があれば、もっと受け入れられたかもしれない。 もっと救われたかもしれない。 あわよくば、なんて邪心があったから、ダメだったんだろう。 もっと、大人の男性としての振る舞いに期待してもよかったかも。なんてね。 ま・当時の私はやっぱりいつでもあわよくば、の気持ちがあったから、 しゃーないね。 ああ、こうして振り返ったところで、どうしようもないのだけれど、 私は他人からの好かれ方を全然学んでいないよな。 自分が相手を好き!っていうだけで。 |
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